感想:kashmir『銚子電氣鉄道』(『てるみな 3』所収)

 シャッターの閉まった「ウ林商店」というお店。米の旗。ザザザという音。背景の海。明るい空と入道雲。短い影。地面から立ち上がる陽炎。

夏。昼間。波音がきこえる海沿いの寂れたまちを、ワンピースとサンダル履きの主人公が歩く光景から、話ははじまります。どうやら、主人公は海沿いの漁村を歩いているようです。片手にはプールバックを持っています。海水浴か何かに来たのでしょう。

主人公がさ迷い歩く理由は、家族からお使いを頼まれたからです。父からは“カニオイル”を、母からはαエ才Wを、妹からは“浮き輪”を買ってくるように頼まれています。しかし、なかなかお店は見つかりません。

 周囲の風景は、一見して日本の典型的な漁村・港町であるように見えますが、徐々に奇妙な様相を呈し始めます。『新鮮『乳輪』』の看板を出した店(主人公はここでカニオイルを入手できました)、電線で干される干物、干物の壁できた家屋、干物と服を同時に販売している洋品店(主人公はここでαエ才Wを購入できました)、ウクライナ産のαエ才W、魚種不明の家の大きさほどもあろうかという巨大な干物、しかし、浮輪を販売している店は見つかりません。主人公は、外川駅に行き、銚子電氣鉄道を利用し、銚子の街へ出ます。キャベツ畑を進む電車は、歩くようなスピードです。スピードの遅さに、主人公は焦ります。

 銚子の街に出ると、奇妙さは収まるどころか、ますます明確になります。

波打ち際に数百メートルの絶壁があり、泳ぐと死ぬことがある「屏風ヶ浦海水浴場」の存在、銚子の街は、地面のいたるところから醤油が湧き出し、足湯のかわりに足しょうゆがあります。効能は、『かゆくなる かぶれる 茶色くなる』。

 主人公は、醤油工場の受付の女性(主人公は、「しょうゆおねえさん」と呼びます)に、浮き輪を売っている場所を聞きます。が、しょうゆおねえさんは、醤油以外のことを聞かれると一瞬フリーズして、直ぐにミニシアターに連れ込んで、説明する代わりに関係する映像を見せます。主人公は、しょうゆおねえさんから、対岸の神栖市波崎にはあるかもしれないとの情報を聞き出し、波崎へと続く橋を渡り始めます。『すっかり日も暮れてしまった』『こうしている間にも海水浴場は削られている』『はやくしないと』『テルは泳げないのだ』焦燥感が主人公を動かしています。そして、話は終わります。

主人公が無事浮輪を手に入れられたかどうかはわかりません。しかし、いままでの経緯をみると、無事に浮輪を入手できる保証はありません。入手までに多くの労力がかかることが予想されます。橋を渡り、街まで歩き、店を何軒もまわって、無事に入手したらまた長い大橋を渡らなければいけないわけです。そして、電車に乗り、海水浴場に戻って…

ところで、浮き輪って何に使うのでしたっけ?海水浴ですよね。ちなみに、いま何時でしょうか?独白に、『すっかり日も暮れてしまった』とあります。少なくとも、午後6時は過ぎているでしょう。そんな時間帯に海水浴ってするでしょうか?日没後に海水浴はするでしょうか?しませんよね。普通。(まぁ、てるみなの世界は狂っているから、もしかしたらナイトスイムとかあるかもしれない)

仮に、主人公が、大橋の上で浮輪を見つけて、直ぐに海水浴場に戻ったとしても、もう使わないわけです。大橋を渡って、たどりついた町で浮輪を購入しても意味はないわけです。お使いの意味はなくなっているわけです。時間切れであることは明白です。

でも、主人公は、日は沈んでいることを認識していますが、お使いの意味がなくなったことに気づいていません。

与えられた使命。予想される膨大な労力。足りない時間。無意味となった使命。そして、そのことに気づいておらず、ひたすらに使命を遂行しようとしている主人公…悪夢でよくあるやつです。仕事でもときどき見かけます。…まさか、あなたの人生そのものではないですよね?